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騎手:藤田伸二

 
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1972年2月27日に北海道の牧場にて生をうける。
1991年にJRAの騎手免許を取得し
同年、最多勝利新人騎手賞を獲得し華々しくデビューする。
1992年以降、ほぼ毎年フェアプレイ賞を獲得し続けた。

ただし、2006年12月21日に滋賀県内の飲食店で暴力沙汰をおこし
同年に関しては、フェアプレイ賞内定も除外された。

また、フェアプレイ賞は受賞しつづけていたが一方で
レース中に他の騎手に進路をあけるように叫んだり、
レース後、他の騎手の騎乗に対して苦言したりする事が多かったらしく
抑圧的な態度をとるタイプだったようですし本人も認識していたようである。

男気のある気質の騎手だったようでその騎手道は
数々の著書でも見て取れる。
 

交友関係

 
武豊が兄弟子で、武の兄弟子である石橋守、河内洋とも交友関係が強かったとの事。
ただ、印象としては、田原成貴とイメージはかぶる。
俺様だがカリスマ性がありスター性のある雰囲気は似た印象がある。
共通して本を出版する事も多く公式サイトのイメージも近い。
 

引退の理由

 
2012年以降、重賞未勝利が続いている事も実際には関係してるかもしれないが、
端的には、JRAとの確執。騎手をとりまく環境への不満、反抗のようです。
これほどの成績を収め、2000勝もほぼ間違いなく達成したであろう藤田伸二騎手、
1918勝、重賞97勝、GⅠ17勝とまだまだ活躍出来たであろう騎手が
いわいる辞表を出して受理されるという形で引退したのは本当に残念だが
彼のサムライ魂は、少なくとも競馬ファンに騎手をとりまく環境に
少しでも興味を抱かせる事になり、今後何かかわる火種となったのかもしれない。
 

GⅠ勝利(JRA)の足跡

 

1992年 エリザベス女王杯

タケノベルベット
 

1996年 東京優駿(日本ダービー)

フサイチコンコルド
 

1997年 有馬記念

シルクジャスティス
 

1999年 高松宮記念

マサラッキ
 

2000年 優駿牝馬(オークス)

シルクプリマドンナ
 

2001年 朝日杯フューチュリティステークス

アドマイヤドン
 

2002年 高松宮記念

ショウナンカンプ
 

2002年 宝塚記念

ダンツフレーム
 

2005年 安田記念

アサクサデンエン
 

2008年 ヴィクトリアマイル

エイジアンウインズ
 

2009年 高松宮記念

ローレルゲレイロ
 

2009年 スプリンターズステークス

ローレルゲレイロ
 

2010年 ジャパンカップダート

トランセンド
 

2011年 フェブラリーステークス

トランセンド
 

2011年 天皇賞春

ヒルノダムール
 

2011年 マイルチャンピオンシップ南部杯

トランセンド
 

2011年 ジャパンカップダート

トランセンド

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