ウォーエンブレムが去勢された理由

 
 米国およびケンタッキー州には、輸入馬が、精液を通じて蔓延する細菌が原因となる病気に罹っていないかを判断するために、2頭の牝馬に試験的に種付けすることを義務付けている。しかし、彼らしいというか、その義務を受けるために検疫馬房で1ヵ月過ごしたのだが、1頭の牝馬にも種付けしなかったそうだ。
 これでは病気に罹っているのかどうか分からないし、種牡馬を引退したのだから二度と種付けしないことになっているのだから、わざわざ去勢しなくてもいいと思うのだが、牧場の理事長によると、
「もし、病気に罹っていたらどうすっぺ? 去勢してないウォーエンブレムが脱走したりして、どっかの牝馬と偶然にハメっこしちゃう場合もあるでねぇべか。そんでなくてもだよ、オラだち人間が、感染した精液を取り扱ってよ、万が一、病気が蔓延すちまったら、こりゃ大ごとだっぺ。アメリカ中に広がったら、馬産業はひとたまりもねぇべよ。」
「そら、オラだって、農務省と協議ばすたし、何人かの獣医さんにも相談したっぺ。したれども、他に選択肢ば、まったく無ぇ。んだもんだから、州と農務省の輸入規則にすたがって、去勢することに決めたんだ。去勢って言っても、オラ、大橋巨泉じゃねえべよ。こりゃギャグだけんど」
 ……という次第で、ウォーエンブレムは、去勢されたのである。彼は、平穏でくつろいだ生活を送っているとのことだが、彼の身になって考えてみると、種牡馬時代からそれを求めていたのではないか。
 人間の私利私欲のために、やりたくもない種付けを強いられる。それを拒否したため、治療を施されたり、自身に相手の牝馬を選ばせたりさせられたのだ。13年間の種牡馬生活で119頭の産駒(初年度産駒は4頭)を輩出したが、それはきっと苦痛であったのだろう。供用最終年に、頑として種付けをしなかったのは、彼なりの精一杯の抵抗であったはずだ。人間にだって、そういう行為を嫌うタイプはいるだろう。
 そうなのだ、ウォーエンブレムは高邁な理想を持っているのだ。この去勢により、人間たちから何も強いられることはなくなった。であれば、無念無想の境地に達するべく、今度はタテガミをそり落として、出家させたらどうか。きっと、すばらしい僧侶になると思うのだが。

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