ウィナーズサークル号

ウィナーズサークル号

父馬:シーホーク
母馬:クリノアイバー
母父:グレートオンワード
所属:松山康久厩舎(美浦)
生産:栗山牧場(茨城県)
馬主:栗山博

通算成績:11戦3勝(3-5-0-3)
主な勝鞍:日本ダービーなど
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1989年の日本ダービーを制するウィナーズサークル

1989年の日本ダービーを制するウィナーズサークル

前走の皐月賞で2着に入り、ダービーでは3番人気に支持されていた。

郷原騎手を背に、6番人気・リアルバースデーとの壮絶な叩き合いを制して芦毛馬として初めての日本ダービー勝ち馬となった。

ちなみにこの年は24頭立てで、1番人気は河内騎手鞍上のロングシンホニー。
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1988年の夏にデビューするも初勝利までに4戦、また500万下で2勝目を挙げるのにも3戦を要するなど素質の開花に時間にかかった苦労人(馬)である。しかも、その2勝はいずれもダート戦なのだ。

そこから直接、皐月賞へ果敢に挑戦するも人気は7番人気と低評価。しかし、ウィナーズサークルはドクタースパートの2着と激走し周囲を驚かせる事となる。そして迎えた日本ダービー馬は3番人気で堂々の出走へと相成った。
 

日本ダービーのレース映像

 

1989年5月28日 日本ダービー 芝2400m 

1着:ウィナーズサークル(郷原)
2着:リアルバースデー(菅原)
3着:サーペンアップ(田村)

レースタイム:2.28.8(良)
レース上がり4ハロン:49.6
勝ち馬上がり4ハロン:48.8
 
日本ダービーという舞台で、芦毛の馬が優勝はおろか上位に好走したケースというのも非常に少ないのではないだろうか??このレースを見ても、やはり府中2400mのコースで芦毛の馬が躍動するシーンは今見てもかなり新鮮なものを感じてしまう。

近々で言えばセイウンスカイくらいなものだが、こちらは逆に皐月賞・菊花賞の2冠を制しているのでそのイメージとは大きく異なる。今後の競馬史を考えても、ウィナーズサークルはかなり貴重な馬という事になる訳だ。
 

主な産駒

 
ウィナーズキシュウ 牝

ウィナーズキシュウ 牝

父馬:ウィナーズサークル
母馬:ミヤギミノル
母父:タイテエム
所属:渋谷武久厩舎(群馬)
生産:田上稔(三石)
馬主:湖山武広

通算成績:18戦5勝(5-3-5-5)
主な勝鞍:高崎ダービーなど
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引退後、繁殖に上がったもののステイヤー血統を懸念されてか日本ダービー馬としては牝馬の質も高くない状態で種牡馬生活を送る事となる。結果としては、上記のウィナーズキシュウが唯一の重賞勝ち馬(地方重賞)を輩出する程度で終わり、その貴重な血をサイアーラインに残す事は出来なかった。

中央に至っては、計7年間の産駒実績が最高でも特別レースを1勝しただけ。日本ダービーを制した種牡馬としては最低ランクの待遇で、あえなくその第二の人生にも終止符を打つ事となる。
 

5月末に倒れたものの復活していた

 
茨城県の東京大学大学院農学生命科学研究科付属牧場で余生を過ごしていたウィナーズサークル。本馬の世話をしていた遠藤さんが以下の様なコメントを残している。

『今年の5月末に急に倒れたんですが奇跡的に復活してくれたんです。でも、やっぱり体力の低下とこの夏の暑さには勝てずに遂に息を引き取りました。本当に残念です。応援して頂いた皆様には、この場をお借りして御礼を申し上げます。ありがとうございました』

不屈の精神で一度は立ち上がったのだが、時期のタイミングが悪かった。病み上がりの30歳を超えた体には、この過酷な真夏の環境は耐え難いものだった様である。
 

まとめ

 
単純に、これ以降で芦毛のダービー馬が誕生する??という疑問を投げかけた時に可能性として非常に低い確率ではないだろうか。それだけ、ウィナーズサークルは希少で特別な存在だった。

今回の死亡は非常に悲しいものではあるが、ここ近々で続く訃報の連続を考えれば仕方のない事でもある。それが病気などではなく老衰であれば、ファンの我々としても気持ちよく送り出してあげるべきだ。

ウィナーズサークル、30年間本当にお疲れ様でした。天国でもゆっくり楽しんで下さい。第二の芦毛のダービー馬が生まれる事を期待して、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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