当日は雨が降りしきる中約50人が参列

 
今年の3月17日に死亡したメジロライアン号の納骨式が、20日に洞爺湖町のレイクヴィラファーム(旧メジロ牧場)で行われた。

この日は時折強い雨が降ったりと天候には恵まれなかったが、横山騎手が「晴れて欲しかったけど、重馬場が大好きだったライアン自身が望んだのかな」と愛情たっぷりのコメント。

その他、関係者以外にも多くのファンの方がわざわざ葬儀に駆けつけ、現役時代と変わらず、メジロライアン号の雄姿は未だ人々の心に焼き付いている様だ。
 
代表で弔辞を述べる横山典騎手

代表で弔辞を述べる横山典騎手

横山典騎手は、途中声を震わせながら「現在の自分があるのはメジロライアンのおかげです。これだけの偉大な馬に乗らせて頂いた事は一生の誇りです」と、涙ながらに挨拶をした。
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葬儀に参列した横山典騎手(左)と奥平元調教師(右)

葬儀に参列した横山典騎手(左)と奥平元調教師(右)

当日はあいにくの雨模様。テントを張った中で式は執り行われたが、それでも関係者や多くのファンたちがメジロライアン号の別れの儀に深く寄り添った。今も尚、ライアン人気の高さを思い知らされる。
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メジロライアン号の墓石

メジロライアン号の墓石

横山典騎手が実費で建立したメジロライアン号の墓。

横山騎手の人柄とライアン号への想いが深く突き刺さる。
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メジロライアンと横山典弘

 
メジロライアン号と横山典騎手

メジロライアン号と横山典騎手

父馬:アンバーシャダイ
母馬:メジロチェイサー
母父:メジロサンマン
所属:奥平真治厩舎(美浦)
馬主:メジロ牧場
生産:メジロ牧場(伊達市)

通算成績:19戦7勝(7-4-3-5)
主な勝鞍:宝塚記念、日経賞、京都新聞杯、弥生賞など
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筆者の主観かも知れないが、ジョッキー「横山典弘」と聞いて同時に思い浮かべるのはやっぱり「メジロライアン」なのである。

勿論、世代によりけりではあると思うが…それだけ当時のこの両者の結び付きというのは非常に濃かったと思われる。それは、同世代にあのメジロマックイーンや厩舎の先輩にメジロアルダンがいた、いわゆるメジロ牧場の最盛期と時代が被っている事も大いに影響しているだろう。
 

主な産駒

 
メジロドーベル 牝

メジロドーベル 牝

父馬:メジロライアン
母馬:メジロビューティー
母父:パーソロン
所属:大久保洋厩舎(美浦)
馬主:メジロ商事
生産:メジロ牧場(伊達市)

通算成績:21戦10勝(10-3-1-7)
主な勝鞍:エリザベス女王杯、オークス、秋華賞、阪神3歳牝馬Sなど
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メジロブライト 牡

メジロブライト 牡

父馬:メジロブライト
母馬:レールデュタン
母父:マルゼンスキー
所属:浅見秀一厩舎(栗東)
馬主:メジロ牧場
生産:メジロ牧場(伊達市)

通算成績:25戦8勝(8-8-3-6)
主な勝鞍:天皇賞春、日経新春杯、阪神大賞典、ステイヤーズSなど
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引退後は種牡馬として活躍。

初年度産駒からいきなり、牡牝でクラシックの有力馬を輩出。中でもブライト&ドーベルの自社所有馬の活躍は目覚ましかった。特にドーベルは当時の牝馬で最高のGⅠ勝利5勝という実績を上げ、ライアンの種牡馬としての地位向上に大きく貢献した。

その後も内国産種牡馬としてコンスタントに有力馬を送り続け、その血の繁栄に自ら広がりを持たせ続けた。しかし、年齢による不受胎率が増加し2007年に種牡馬業からも引退していた。
 

まとめ

 
とにかく、ライアンは本当に人気が高かった。記録はマックイーンだが、記憶はライアンという元巨人のONコンビになぞらえて表現して良い程に両対象なキャラクターが不思議な関係性をもたらしていた様にも思える。

当時、マックイーンを管理していた池江泰郎調教師が「ライアンにもGⅠを勝たせてやりたい」という想いから、実際にライアンが勝利した1991年の宝塚記念を回避しようとしたという、何とも義理深いエピソードまで残されている。

それだけ、ファンのみならず関係者や多くの人々に愛されたメジロライアン。死して尚、以後も我々の心の奥には彼の走っている姿がずっとずっと残り続ける事だろう。

ライアンよ、永遠に。健やかにお眠り下さい。

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